2015.5.25〜28
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友人4人とJRの北東北フリー切符を使って、東北旅行をしました。
札幌駅22:00発、急行「はまなす」に乗車して列車旅行がスタートしました。
| 北東北フリー切符とはJR北海道が発売している特別企画乗車券です。北海道からフリーエリア(青森県・秋田県・岩手県)までの往復 とフリーエリアでの乗り降り自由がセットになっています。札幌からフリーエリアまでの往復には特急列車の普通車指定席を利用できま すがフリーエリア内に入ったら特急列車(新幹線を含む)に乗車する場合は別に特急券を購入します。有効期間は札幌発で6日間、 価格は17,800円です。 |
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| 急行はまなすは札幌ー青森間を一日に一往復している夜行列車で、現在定期運行されている唯一の急行列車です。 この列車には寝台車もありますが、座席指定で乗れるカーペットカーに乗りました。 「急行はまなす」は平成28年3月予定の北海道新幹線の開業前に廃止になる可能性が高いと言われているので 今回この列車に乗ったことが貴重な体験になるかもしれません。 |
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| カーペットカーの車内 (2階は一人だけのスペースなので人気がある) | 青森駅に到着 (05:39) | |
| 津軽線は青森駅から津軽半島最北端にある三厩駅(みんまやえき)までを結ぶ鉄道路線です。かっては ローカル線でしたが青函トンネル開通後は本州と北海道を結ぶ列車が多く通過する路線となりました。 ただ、津軽海峡線との分岐点以北の蟹田駅から三厩駅間はローカル線として取り残されて、定期列車が 一日五往復のみとなっています。JR津軽線に乗って旅行の第一の目的地である竜飛崎へ向かいます。 |
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| 青森駅発06:20発の列車は蟹田で乗り換え | 蟹田駅構内にあったモニュメント | |
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| 07:07蟹田発07:46三厩着 | 三厩駅 | 駅前から循環バスに乗って竜飛崎へ |
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| 竜飛崎は青森県津軽群外ヶ浜町三厩滝浜にある津軽半島の最北端、津軽海峡に突き出た岬です。津軽国定 公園の一部です。竜飛岬とも言われます。 岬のモニュメント、歌碑、階段国道、灯台、青函トンネル記念館(時間がなくて観れなかったのが残念でした)など 観光スポットがあります。風の岬と言われるように、年間に200日は風速20m以上の強風が吹くということですが 私たちが行った日は珍しく風もなく晴天で気持よく散策が出来ました。 |
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| 岬のモニュメント | 石川さゆりの津軽海峡冬景色が流れる歌碑 | 龍飛崎灯台 |
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| 灯台付近から竜飛漁港を見下ろす | 碑の丘・展望所へ | 展望所から見た津軽海峡 |
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| 竜飛崎を通る国道339号線に岬下の竜飛漁港から灯台まで362段、総延長388.2mの日本唯一の階段国道 があります。昔は灯台へ行く唯一の道で車の通れない坂道だったのですが、坂道の中腹に竜飛中学校があ り、坂道の上には竜飛小学校があったので、登下校に便利なように階段を作ったようです。昭和49年に国道 に指定されましたが、なぜ車の通れない道が国道に指定されたのか不思議です。 現在は階段国道は残されたまま、車で灯台へ行ける別の国道が新設されています。 |
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| 灯台近くにある下り口から下に向かう | 階段が続きます | 民家が見えてきました |
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| 階段が終わります | 階段が終わると民家の路地(ここも国道です) | 下の登り口に到着 |
| 津軽半島西側海岸線を走る国道339号線の竜飛と小泊村を結ぶ全長20kmの区間が竜泊(たつどまり) ラインです。風光明媚であり百名道にも選ばれていますが、冬季は11月中旬頃から通行止めになります。 私たちは次の目的地の太宰治記念館へ行くのですが、竜飛崎からの公共交通機関がないので、タクシー で竜泊ラインを通って津軽鉄道津軽中里駅へ行きました。所要時間は約80分位で、タクシー代は 14,000円程でした。途中の展望台と十三湖で車を止めてくれたので眺望を楽しめました。 |
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| 展望台からの眺望 | 遠くに竜飛灯台が見える | |
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| 十三湖 | 対岸に岩木山がうっすらと見える | |
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| 津軽鉄道は津軽五所ヶ原駅から津軽中里駅までを結ぶローカル線です。太宰治にちなんだ「走れメロス号」 の運行や、冬にはストーブ列車、夏には風鈴列車、鈴虫列車など趣向を凝らしています。また、津軽半島 観光アテンダントの女性が乗車していて津軽弁で津軽半島の観光案内や旅の相談に乗ってくれたりしてい ます。 |
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| 走れメロス号 | 津軽中里駅 | 中里駅にあった「本州最北の民鉄」の看板 |
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| 津軽中里駅で乗車して金木駅で下車、駅から8分の所にある太宰治記念館に向かいます。 太宰治記念館「斜陽館」は、大地主であり金融業も営んでいた太宰治の父(津島源右衛門)が明治40年 に建てた、太宰治(本名津島修治明治42年6月19日生まれ昭和23年6月13日死去」) の生家です。 青森ひばを使い、和洋折衷の入母屋造りで、1階が11室、2階」が8室あり、付属建物や庭園なども合わせ て約680坪の豪邸でした。戦後、昭和23年に津島家が手放し、昭和25年から平成8年まで旅館「斜陽館」 として太宰ファンや観光客に親しまれました。その後、旧金木町が買い取り、平成10年から現在の太宰治 記念館(五所川原市所有)となっています。平成16年に国の重要文化財建造物に指定されました。 |
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| 太宰治記念館 | 店舗兼用の広い土間 | |
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| 襖を外すと63畳の大広間に(1階) | 日本画の描かれた襖のある和室(2階) | |
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| 洋風の階段 | 華やかな洋室{2階) | 赤レンガの厚い塀をめぐらせている |
| 太宰治の生家(現斜陽館)の離れだった通称「新座敷」は「斜陽館」から約90m東にあります。昭和23年 6月(太宰が没した同月)に長兄が大邸宅を売却した際に、「新座敷」のみ曳家して現在地に移設したもの です。昭和20年に太宰は東京の戦火を逃れて妻子を連れて生家に疎開、終戦後も一家でこの離れで暮 らしました。昭和21年11月に再び妻子と上京しますが、この1年3ケ月余りの間に23作品を執筆したとの ことです。 |
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| 太宰治疎開の家(旧津島家新座敷) | 奥が太宰治の書斎 | |
| 再び津軽鉄道で五所川原へ行き、JR五能線(東野代-川部)で川部へ、JR奥羽本線{福島ー新青森) に乗り換えて新青森に到着。新青森から初体験の新幹線に乗り、「はやぶさ32号」で八戸へ向かいま した。新幹線の車内は座席が飛行機のような作りでゆったりしています。それと所要時間の短さは さすがと思いました。新幹線には特急券を買って乗りますが、座席指定が無いので空席に座ります。 幸いその席に座る人がこなくてよかったです。 八戸駅前のホテルに到着して一日の行程が終わりました。 |
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| 金木駅(15:39発) |
JR五能線川部駅ホーム(16:45着) | 川部から普通JR奥羽本線に乗り換え(17:00発) |
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| 新青森駅で新幹線はやぶさ32号に(17:44発) | 新幹線の車内 | 八戸駅(18:11着) |
八戸駅発(08:11)の新幹線「はやぶさ10号」で盛岡へ(08:44着)、(08:57発)新幹線「はやて116号」 に乗り換え新花巻へ(09:08着)、花巻でJR釜石線に乗り(09:20発)、遠野に(10:01)到着しました。 荷物をコインロッカーに置いて、遠野観光に出かけました。 |
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| 新幹線「はやぶさ10号」 | 新幹線「はやて116号」 | 快速JR釜石線「はまゆり1号」 |
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| 遠野駅 | ||
とおの物語の館
| 「遠野座」で年配の女性の語り部の方が遠野の方言で昔話を聞かせてくれました。「むかしあったずもな」で昔話が始まり「どんどはれ」 で終わります。やさしい語り口で聞き入ってしまいます。 「昔話蔵」では、切り絵やイラスト、映像などを使って昔話を紹介しています。子供も楽しく昔話を体験できるよう工夫されています。 「旧高善旅館」は「遠野物語」で知られる柳田國男が滞在した宿で柳田國男の展示館にもなっています。現在地に移築されたものです。 |
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| 遠野座 | 昔話蔵 | 旧高善旅館 |
遠野ふるさと村
| 遠野ふるさと村は、江戸中期から明治中期にかけて造られた茅葺き屋根の曲がり家をそのままの形で移築して、昔ながらの集落を 再現しています。田んぼや炭焼き小屋、水車小屋などもあり、昔の山里がそっくり再現されているので、沢山の映画やテレビドラマ のロケ地に使われています。 曲がり家は母家と厩(うまや)が一体となった、L字型に造られた農家の住宅です。母家から土間越しに、馬の様子が見れる造りに なっています。土間の竈(かまど)で馬の飼料を煮たりするのですが、その暖気が馬を温める役目にもなっていました。馬が家族同様 に大事にされていたことが伺えます。 |
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| 曲がり家 | 右が母家で左が厩 | 土間にある竈 |
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| 厩にいた馬さん | 昔使われていた用具 | |
伝承園とカッパ淵
| 「伝承園」は遠野地方のかっての農家の生活様式を再現して、伝承行事、むかしばなし、民芸品の制作などを体験できる施設です。 中にある曲がり家の一角に「御蚕神堂」があり、千体のオシラサマが安置されています。 「オシラサマ」は30cm程の桑の木の棒の先に、馬や女の顔を刻んだり、墨で描いたりしたものの上に衣装をかぶせたもので、東北 地方で信仰されている家の神様です。蚕の神、農業の神、馬の神とされています。(伝説の娘と馬の恋物語が由来のようです) 「カッパ淵」は伝承園から徒歩5分のところにあります。常堅寺の裏手に小川があり、そこに昔、沢山のカッパが棲んでいて、人々 にいたずらをしていたと伝えられています。 |
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| オシラサマ | 常堅寺 | カッパ淵 |
| 次の日は帰りの列車の時間まで間があったのでタクシーで往復して、山口の水車、佐々木喜善の生家、デンデラ野を観ました。 「山口の水車」は山口集落に昔からある水車小屋で、今でも付近の人たちが脱穀や製粉に使用し、遠野遺産に指定されています。 「佐々木喜善」は柳田國男に遠野地方の伝承や昔話を口述した人で、この口述の話をまとめたのが「遠野物語」です。 「デンデラ野」は昔、六十歳になった老人を捨てた野で、老人たちは日中は里に下りて農作業を手伝い、わずかな食料を得て野の 小屋に帰り、寄り添うように暮らしながら生命の果てるのを静かに待ったと伝えられている場所です。 |
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| 山口の水車 | 佐々木喜善の生家 | デンデラ野(かっての因習の悲しみに思いをはせて) |
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| 山口集落の風景 | ||
| 遠野駅(11:04発)JR釜石線快速はまゆり4号で盛岡へ、、新幹線はやぶさ17号(13:37発)に乗り換えて新青森へ(14:43着) 特急白鳥17号(14:51発)に乗り換えて函館へ(17:02着)、特急スーパー北斗13 号(17:16発)に乗り換えて札幌着が20時49分 でした。色々な列車を乗り降りする旅は面白く、とても楽しいものでした。 |
新幹線の不思議な光景
| 盛岡で新青森へ行く新幹線を待っていた時に、ホームの乗り場が、新青森行きと秋田行きの2つに分かれていました。やがて 東京から来た新幹線がホームに入ってきましたが、新青森へ行く「はやぶさ」と秋田へ行く「こまち」がドッキングされた状態で入 ってきました。ここで引き離されて、「こまち」は角館を通って秋田へ向かいます。私たちは「はやぶさ17号」に乗車して、発車 を待っていたので引き離しの瞬間が見られなくて残念でした。 |

| 左が「はやぶさ」右が「こまち」 |